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| <解説>新シリーズ最高傑作登場 |
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■解説:村上貴史(ミステリ評論家)

■新名所
自衛隊で戦闘機のパイロットとして非凡な才能を示し、その後カウンセラーに転じた岬美由紀二八歳。人の心を見抜くことから“千里眼”と異名をとる彼女は、武術や語学にも非凡な才能を示す一方、バイオリンやピアノもプロ級の腕前という存在だ。しかも抜群のスタイルと美貌を備えている。そんなスーパーヒロインを主人公とした《千里眼》シリーズが、角川文庫で新シリーズとして再スタートしたのが二〇〇七年一月のこと。一挙に三冊同時刊行という鮮やかな登場の仕方であった。そしてはやくも第四作が刊行される。本書『千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮』である。
この角川文庫版の新シリーズ四冊に先立ち、小学館のハードカバーや文庫として、一二作の《千里眼》シリーズの作品が刊行されている。新シリーズの開始にあたって、松岡圭祐はシリーズの中心である心理学の扱いに関して、大きな方針転換を行ったことが、新シリーズ第一作『千里眼 The
Start』の著者あとがきに記されている。一九九九年にスタートした旧シリーズでは、心理学に関するその時点での情報を、ケレン味あふれる仮説まで含めて取り込んで読者に提供してきたのに対し、新シリーズでは科学的視点が求められる設定については極力リアルに描こうというのだ。岬美由紀という主人公の魅力の根幹に関わる部分での方針転換だが、あえてそれを行うというのも、心理学に対して、そして読者に対しての誠実さの表れといえよう。
そうして細部のリアリティにこだわりつつも、波瀾万丈のエンターテインメントとしての魅力がいささかも衰えていないのが新シリーズの特徴である。むしろ一冊がスリムになった分、スピード感が増大しているとさえいえよう。
その新シリーズの最新刊である『千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮』は、自衛隊百里基地で開催された航空ショーでの核爆弾騒動や最新鋭の攻撃ヘリの盗難事件、さらに中国大使館を舞台とした陰謀などが盛り込まれた痛快な作品だが、そのなかで極めて重要な役割を果たしているのが、タイトルにも示された東京ミッドタウンの中核、ミッドタウンタワーである。六本木の旧防衛庁庁舎跡地に建設された高層ビルで、地上五四階という高さを誇る。四五階から五三階にはホテルが入り、その下にはいくつもの一流企業の本社が移転する予定だという。
“予定”と書いたのは、本稿執筆時点で、まだ東京ミッドタウンが開業していないからだ。開業予定は二〇〇七年三月末。そう、この『千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮』の刊行直後に開業の予定なのである。実にフレッシュな素材を松岡圭祐は扱っているのだ。
しかも、単に東京の新名所だから新作の舞台にしてみました、というような扱い方ではない。ミッドタウンタワーが建築されたからこそ起こるという事件が描かれているのである。この構想力といい、それを実際の作品に仕上げるスピードといい、尋常ではない。本書の中盤以降で明かされるミッドタウンタワーの必然性を読み、是非とも松岡圭祐の才能を実感して戴きたい。
■孤独と仕掛けと試練と
ミッドタウンタワー同様に本作品で重要な役割を果たすのが、高遠由愛香という二九歳の女性である。都内に一四もの飲食店をチェーン展開し、年商四〇億をあげる企業のオーナーである由愛香。新シリーズから登場したこの女性は、岬美由紀の自宅の合い鍵を持っているほど近い存在であり、新シリーズの三作ではコメディリリーフとしての役割を果たしてきた。その彼女と美由紀の関係が、本書では大きく揺さぶられている。要因は、前述した中国大使館が舞台の陰謀。この陰謀によって、由愛香の真の心がむき出しで美由紀にぶつけられ、美由紀は孤独を痛感させられてしまうのだ。
この岬美由紀の孤独感も、新シリーズを読む上で注目したいポイントだ。『千里眼 ファントム・クォーター』でも扱われていたテーマだが、本書ではそれがより深く掘り下げられている。中盤にさしかかるあたりで投げかけられる由愛香からの言葉のトゲが美由紀の心を刺し、終盤に至るまでその傷がえぐられ続ける。そして美由紀は「そう、最終的に、わたしは孤独だ」とまで思うようになるのである。その孤独感を岬美由紀がどのように決着させるかという点や、孤独に苛まれる静の岬美由紀と、彼女の壮絶なアクションシーンとの対比も、本書の読みどころといえよう。
また、『千里眼 The Start』の冒頭で、被災者救出のために命令違反を犯した岬美由紀をかばい、自衛隊を除隊することになった板村久蔵元三佐の本書での再登場も、シリーズ読者にとっては嬉しい要素だろう。もっとも、本書で彼が置かれた立場を読むと、単純に再登場と喜ぶことは出来ないのだが。
こうしたキャラクターたちで読者を惹きつける本書だが、それに加えて、トリックの切れ味でも読者を魅了する。
例えば、急に金回りのよくなった人物をマルサが追及するという場面があるのだが、その背景が岬美由紀によって明らかになった段階で、読者は「そうだったのか!」と驚愕し、納得するに違いない。“犯人”の真の狙いと、その狙いを実現するための手段(すなわち犯人が男に仕掛けたトリック)を、“男の懐が不自然に潤う”というかたちで表現してみせた松岡圭祐のセンスに脱帽である。
また、本書の賭博シーンで用いられるいかさまのトリックも実に鮮やかだ。ほんの小さな仕掛けなのだが、効果は絶大。その仕掛けと、それに対抗する岬美由紀の策略をあわせて愉しんで戴ければと思う。
そして、作者が岬美由紀に与えた試練が、より一層の迫力を本書にもたらしている点も指摘しておきたい。 これまで数々の試練をくぐり抜けてきた岬美由紀だが、今回ほど追いつめられたことはなかった。敵側のある工作によって、岬美由紀が“凡人”になってしまうのである。そんな状況でも勝ち抜くことを強いられた岬美由紀の闘いに是非ご注目を。
■運と手腕といかさまと
愛新覚羅。
本書で数多くの頁を費やして描かれているカードゲームだ。この愛新覚羅による勝負の緊迫感が凄まじい。従来の岬美由紀は、戦闘機や蹴りなどを武器に敵と戦うという肉弾戦の印象が強かったが、この『千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮』では、胆力の勝負を繰り広げているのである。しかも、相手は前述したようにいかさまを仕掛けてきており、岬美由紀は圧倒的に不利な状況での闘いを強いられる。一つのいかさまを、相手の思いも寄らぬ手段で彼女が防止すると、さらに巧妙なトリックが待ち受けているという次第だ。ありったけの知力と胆力を振り絞るこの闘い、ゲームの攻防にいかさまを巡る攻防がミックスされており、実にスリリングだ。ギャンブル小説を読む醍醐味に満ちているといえよう。
ギャンブル小説といえば、我が国では、『麻雀放浪記』をはじめとする阿佐田哲也の著作群がその代表的存在として名高い。麻雀というゲームを通じて、人の心と運と腕とを鮮やかに描き出した名篇の数々。本書でギャンブル小説に興味を持たれた方は、是非読んでみていただきたい。
近年では、白川道の『病葉流れて』三部作がスケールの大きなギャンブル小説として輝いている。その他、花村萬月も『二進法の犬』などで痺れるような賭博シーンを描いているし、五十嵐貴久は、『Fake』においていかさま博打を通じた騙し合いで読者を愉しませてくれている。SFという衣をまとった迫力満点のギャンブル小説、冲方丁『マルドゥック・スクランブル』にも手を出してみていただければと思う。
海外に目を向けると、騙しの着想が愉快なパーシヴァル・ワイルドの短篇集『悪党どものお楽しみ』や、若きポーカー・プレイヤーが帝王と呼ばれる大物に挑む姿を瑞々しく綴ったリチャード・ジェサップ『シンシナティ・キッド』、レナード・ワイズがポーカーの勝負を真正面から描いた『ギャンブラー』など、魅力的な作品が数多く存在する。ギャンブル周辺でのスリラーとしては、ジャック・フィニイ『五人対賭博場』も見逃せない一冊である。
こうした作品と読み比べてみると、松岡流の博打場面の妙味や、愛新覚羅であるが故の面白味などが、より深く味わえるはずだ。賭けてもいい。
■執念
さて、今回この解説を担当したおかげで、松岡圭祐の一作にかける執念を身を以て知ることができたので、最後にそれを紹介しておきたい。
本書には、岬美由紀がミグに搭乗して成層圏にまで飛んでいく序盤のシーンをはじめとして、数多くの山場がある。しかも、それらのエピソードが関連しあう緊密な構造となっている。しかしながら、その山場のいくつかは(極めて印象的なシーンもそこに含まれるのだが)、刊行直前になって新たに追加されたものなのだ。だが、おそらく本書を読まれた方には、どこが追加部分なのか判らないだろう。それほど見事に新たなエピソードが編み込まれているのである。そして、それによって十分にスリリングで、ほとんど完成といっていい状態にあった『千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮』が、さらに一層スリリングで、そして読者の心にしみる物語に進化したのだ。
このサービス精神、そして、この完成度。
本書を読まれる方には、これを是非とも知っておいて戴きたい。こうした魂を持つ松岡圭祐が《千里眼》シリーズを書いているのである。彼は、これからも我々を存分に愉しませてくれるに違いない。嬉しい限りである。
(文庫巻末解説より)
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