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| 千里眼の教室<解説> |
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■解説:石井千湖(ライター)

昨年の秋、いじめに悩む児童から文部科学大臣宛てに自殺予告の手紙が次々と届き、世間を騒然とさせたのは、読者の記憶にも新しいことでしょう。当時、全国の学校で何人もの生徒がいじめが原因で自殺するという悲痛なニュースも続いていました。今年の三月に発表された内閣府の社会意識に関する世論調査では、現在の日本の状況について「悪い方向に向かっている」分野は、教育がトップという結果が出たそうです。今の日本の子どもは、重大な危機にさらされているといえます。そんな時代の空気を敏感に察知して刊行されたのが、「千里眼」新シリーズの第五弾『千里眼の教室』です。
著者のホームページのコメントによれば、実は本書は当初、カウンセラー・嵯峨敏也を主人公にした「催眠」シリーズの一冊として刊行される予定だったのだとか。それを全面改稿し、日本最強のヒロイン・岬美由紀を主人公にしたわけです。美由紀は頭脳明晰、語学も堪能。見た目は細身の美女ですが、元航空自衛官で、日本初の女性戦闘機パイロットだったという経歴を持っています。臨床心理士に転身してからも、類稀なる動体視力によって、人間の微妙な表情の変化を読み取り、どんな嘘でも見抜いてしまう。ひと呼んで“千里眼”。彼女を主人公にしたのは、リアリティ重視の「催眠」には向かない、奇想天外な事件を扱っているからなのだそうです。さて、どんな事件なのでしょうか。
物語は、岬美由紀が脳神経科医・五十嵐哲治を追って名古屋の街を疾走するシーンから始まります。彼はいじめが発生する原因に関して、ある斬新な説をとなえていました。五十嵐は自身の研究結果を厚生労働省と文部科学省に訴え、その理論に基づく制度の改善を求めますが、黙殺されてしまいます。そこで彼は、ある学校に爆発物を仕掛けるという強硬手段に出たのです。狙われたのは、岐阜県にある氏神工業高校。五十嵐の息子・聡が通う高校でした。聡は以前いじめられていて、そのことが五十嵐を今回の行動に駆り立てたのではないかと美由紀は考えるのですが……。
この作品の舞台になっている氏神工業高校は、ちょっと変わった学校です。地域の過疎化によって一帯の公立高校が合併し、名称は工業高校なのに、普通科、工業科、農業科が混在している。偏差値は三〇前後。ほとんどの生徒は自分の将来に絶望しており、日々無気力に過ごしています。一方、教師をはじめとする大人たちは事なかれ主義。いじめは見て見ぬふり。生徒が自殺予告の手紙を出したことが判明しても放置しています。昨年、全国的に世界史の履修漏れ問題が顕在化してからも、何の改善もしていません。挙句の果てには教育委員会までもが、問題の隠蔽に加担する始末。
そんな日本の教育の暗部をぎゅっと凝縮したような学校が激変します。五十嵐の仕掛けた爆弾は高校生の体には傷をつけませんでしたが、精神になんらかの影響を与えたようなのです。生徒たちは学校に立てこもり、ひとつの国家を作ります。その国の名は「氏神高校国」。生徒会長の菊池は彼らの国の独立を認めるように要求し、もし妨害するならば生徒をひとりずつ粛清していくと告げます。そして、早速血が流される。ひとりの女生徒が国旗掲揚塔から投げ落とされるのです。学校から締め出され、なすすべもなく見守る教師たちの目の前で。
子どもが大人に反乱して籠城する話といえば、映画化もされた宗田理の『ぼくらの七日間戦争』を、独立して国を作る話といえば、二〇〇〇年に上梓され話題になった村上龍の『希望の国のエクソダス』を思い出します。しかし、『ぼくらの七日間戦争』で子どもたちが立てこもるのは河川敷の廃工場ですし、『希望の国のエクソダス』の子どもたちは学校を捨てる。それに対して、『千里眼の教室』は、学校に属したまま、自分たちで未来を切り拓こうとするという点が出色です。「氏神高校国」の政府は、いじめっ子には制裁を与え治安を維持し、それぞれの生徒の得意分野を生かした独自の経済システムを確立します。しかし、教師も親も日本の政府も、そんな彼らを認めようとはしません。徐々に追いつめられてゆく高校生。岬美由紀だけが、彼らを理解しようとします。
本書は、いじめ、必修科目の履修漏れ、格差社会など、現在進行形で深刻化している問題を描いています。が、ユニークなアイデアとスピーティな物語展開、テンポのよい文体に乗って読み進めていくうちに、自然とそれらの問題への関心も深まるという感じ。派手なアクションあり、ミステリー的なドンデン返しあり、物資が乏しい場所での生活の知恵や『ドラゴン桜』顔負けの学習法など現実にも役立ちそうな情報ありで、サービス満点。社会批評エンターテインメントとでもいうべき一冊なのです。
(文庫巻末解説より)
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