松岡圭祐 KEISUKE  MATSUOKA 書き下ろし最新作!! 400万部突破シリーズ
霊柩車No.4 最高傑作

■解説:杉江松恋(ミステリ評論家)


 新たなヒーロー誕生の予感がする。
『霊柩車No.4』の主人公、伶座彰光のことである。
 これまでミステリー小説には、さまざまなタイプのヒーローが登場してきた。職業も私立探偵や警官、法律家に留まらず千差万別。寺の次男坊あり、憑き物落としの拝み屋あり、工学部の助教授あり、薬剤師という地味な稼業もあれば、吉原の顔役などという浮世離れした地位にいる者もあった。本業は農業、というのもいたっけ。だが伶座彰光は、その誰とも異なる、おそらくミステリー史上に前例のない職業に就いているのであります。それは何かというと、霊柩車のドライバーだ。
 伶座彰光の勤める有限会社有本霊柩車の業容は、葬礼を司る葬儀社ではない。故人を病院などの亡くなった場所から安置する場所まで運んだり、その先の斎場まで送り届けたりするのが仕事である。こうした職種が葬儀社とは独立してあるという事実は、一般にはほとんど知られていないことだろう。
 職業ドライバーの主人公というのは、これまでにも例があった。たとえば笹沢左保が創造したタクシードライバー探偵・夜明日出夫である。『アリバイの唄』(講談社文庫・日文文庫)などの作品に登場する夜明は、自分が乗せた客との縁から事件に関わることが多かった。さまざまな人が乗り、そして降りていくタクシーの後部座席は、ミステリーの人生模様の発端としては申し分のない舞台といえるだろう。霊柩車のドライバーともなればなおさらである。伶座が乗せた「客」には、常に死の事実がつきまとっているからだ。つまり次から次に死者と出会う霊柩車ドライバーは、これまでどの作品にも登場してこなかったのが不思議なくらい、ミステリーの主人公に適した職業といえるのですね。
 もちろん職業だけがヒーローの条件ではない。伶座彰光という人物には、余人が不用意に踏みこむことを拒む雰囲気がある。冷酷非情という性格には見えないが、態度ははなはだ無愛想だ。外見も、親しみやすいものとはいえないのである。ある登場人物の言葉を借りれば「病的なまでにほっそりと痩せた色白の男」。「無作法で無精者、そんな横顔がのぞいている」が、「それでもなぜか、男の姿は洗練されてみえた」。「やや猫背ぎみに歩くその物腰は豹のようでもある」。「なんともとらえどころのない男だった。おっとりとしているようで鋭そうでもある。ずぼらに見えて、計算された身だしなみのようにも感じられる」。要するに女神ヤヌスのように二面的なのである。本当のところはどっちなんだ――それが知りたくてページを繰っていくうちに、読者はいつの間にか伶座という人物に魅了されているはずである。これは作者の作戦勝ちでしょう。
 開巻早々の十九ページに、早くも伶座のキャラクターを際立たせるような会話が出てくる。父の遺体を載せた霊柩車に同乗したいという、娘の依頼を断る場面である。

「どうしてよ!」静香は思わず怒鳴った。「お父さんのそばにいたいだけなのに!」
「もうお父さんじゃない」伶座はいった。「貨物だ。緑ナンバーのこのクルマは営業貨物自動車でね。運送会社の人間が乗るほかは、貨物しか載せられない。遺体は貨物だ。だから載せられる。きみは、まだ貨物じゃない」

 こうした毅然たる態度をとる人間の内面が、薄っぺらなものであるわけがないではないか。読者の期待は、伶座が遺体を扱うやりかたを知るにつれて確信に変わっていくのである。人間の遺体は液体の詰まった袋のようなもので、実はとても傷つきやすく、移送に向かないらしい。したがって伶座の運転は慎重極まりないものなのです。水を入れた金魚鉢を荷台に載せて運び、一滴も中の水をこぼさないほどのテクニックを彼は持っている。その技術を存分に活かし、霊柩車を運転していくのであります。酷薄な台詞とはうらはらの、死者に対する敬意を彼の行動からは感じ取ることができる。
 だが伶座は、他人に対しては、

「事故を起こした場合、故人は貨物だ。対人保険ではなく対物保険になるんでね。けれども、ご遺体に値段がつけられない以上、対物保険は下りない。だから事実上、保障はない。よって、充分に注意しながら運転してるよ」

 と、あくまでそっけなく、ビジネスライクな態度を装う。そこが憎らしいったらありゃしないのだ。憎らしくて、とても気になる。物語が進むにつれて、彼の本当の顔も明らかになっていくのだが(自分の仕事に関するブログを作っていたり、カー・マニアだったり、意外と可愛い面もある)、それについてはぜひ本文をご覧いただきたい。

 物語はある死の現場から始まる。二十二歳の笠木静香の父が熱海港で遺体となって発見されたのだ。静香の父には果樹園経営の失敗からくる莫大な借金があり、自殺の可能性が疑われた。若い静香は突然の環境変化に対応できず、パニックに陥ってしまう。その彼女の前に現れたのが、霊柩車ドライバーの伶座彰光だったのである。
 到着早々伶座が傍若無人な発言で静香を驚かせたことは先に述べた。だが彼がしたことはそれだけではなかったのです。父の死という衝撃を受け止めきれずにいる静香の背後には、いつの間にか弱みにつけこもうとする者が忍び寄っていた。伶座は一目で奸計を見抜き、悪党どもを追い払うのである。トリックを暴く見事な推理能力も、伶座に備わった魅力の一つだ。この場面以降、伶座は敵の企みを見抜くだけではなく、奇術師よろしく自ら罠を仕掛けることもあるので注意して読んでください(ちなみに作者には、マジシャン・里見沙希を主人公にした連作の著書もある)。また事故現場などで長年死体に接していた経験から、彼には専門家顔負けの鑑識眼と、死体に関する知識が備わってもいる。実は伶座には、事件の証拠集めにこだわらなければならない、個人的な事情もあるのですね。
 伶座が静香の一件の次に任されたのは、アナウンサー・安倍香織の婚約者の亡骸を運ぶ仕事だった。香織はTVの露出が多く、世間から注目される立場だ。その香織が雑音を気にせずに故人との別れを告げられるよう、伶座はある工作を行った。そのことから伶座に関心を持ち始めた香織は、彼から葬儀会社の絡む裏事情を聞いて衝撃を受ける。東亜曼荼羅という大手葬儀社が病院と癒着して、歪んだ形の営業を行っているというのだ。それどころか、東亜曼荼羅が実質的に経営している病院さえあるという。ジャーナリストとしての関心を抱いた香織は、東亜曼荼羅の極秘取材を開始する。だがそのことが、彼女と伶座に生命の危険をもたらすことになってしまうのである。
 作者が霊柩車ドライバーをめぐる業界事情について関心を抱いた経緯については、本書「著者あとがき」をご参照ください。綿密な取材に基づく情報が小説内では豊富に開陳されているが、それらの材料を用いて描かれた画は、決して地味な現実をそのまま写し取ったようなものではない。松岡圭祐という手練の語り部によって、虚構の伽藍がくみ上げられているのである。ちりばめられた伏線から、この真相を予想できる人は稀だろう。「事実は小説より奇なり」とはよく言うが「事実より奇なる」小説を作者は見事に実現させている。これぞミステリーの、エンターテインメントの真髄でありましょう。
 松岡圭祐は本書によって角川文庫初お目見えになる。すでにファンには説明の必要もないことだろうが、作者の簡単な来歴と著作について触れておく。
 松岡は一九六八年生まれで、小説家としてのデビュー作は一九九七年の『催眠』(小学館文庫。以下同)である。自ら催眠術を学んだ松岡は、このデビュー作で臨床心理士・嵯峨敏也を登場させ、人間の深層心理が織り成す奇妙な世界について語った。また一九九九年の『千里眼』では、同じく臨床心理士で元航空自衛隊のパイロットだった経歴を持つ岬美由紀を創造し、心理サスペンスに冒険小説の興趣を加えたオリジナルのスリラー・シリーズを開始している。松岡の作風の振り幅は大きく、時にとことんリアリズムにこだわるかと思えば、荒唐無稽な大活劇を繰り広げることもある。マンネリズムからは程遠く、どちらに振れても、見事におもしろい。『霊柩車No.4』をすでに読了した人は、本書がどの要素に強く振れた小説であるか、お判りだろう。
 嵯峨・岬の両名は作中で行動をともにすることが多い人気キャラクターだが、他に『蒼い瞳とニュアージュ』で主役を張った一ノ瀬恵梨香という臨床心理士がいる。二〇〇六年の『ブラッドタイプ』(徳間書店)など、この三者が揃い踏みする作品もあるのだ。同シリーズとは独立したマジシャン・里見沙希のシリーズ(『マジシャン』『イリュージョン:マジシャン第2幕』小学館文庫。以下同)も、〈催眠・千里眼〉と無関係ではないことが『千里眼 マジシャンの少女』で明かされている。作品が世界観を共有し、群として存在するという特徴も松岡作品の魅力なのです。とすれば松岡ファンとしては、新たに開幕した伶座彰光の物語と、これら既存のシリーズとの関係についても気になるはずである。さて、どうなるのでしょうね。
 いずれにせよ、物語は始まったばかりである。ちょっと複雑な顔を持つ新ヒーロー、伶座彰光の活躍に期待しようではありませんか。男を乗せ、霊柩車はどこへ向かう――。
                
 
(文庫巻末解説より)

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