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| 千里眼 The Start<解説> |
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■解説:三橋 曉(ミステリ・コラムニスト)

あのスーパー・ウーマン、岬美由紀が帰ってきた。それも、バージョンアップした新シリーズのヒロインとして。ここに、その開幕編にあたる『千里眼 The
Start』をお届けする。
松岡圭祐の「千里眼」シリーズは、一九九九年に同題の第一作が刊行されて以来、一ダースもの作品が読者のもとに届けられてきた。シリーズを通して四○○万部を超えるセールスというのは、まさにエンタメ系の小説シリーズとしても破格の人気ぶりで、たちまちのうちに映画化(二○○○年・東映・麻生学監督)されたのも、まだ記憶に新しいところだ。
千里眼シリーズには、世界を股にかけたスケールの大きなエンタテインメント性に加えて、ハードカバーと文庫版で内容が異なったり、別シリーズの人物が登場するなど、松岡作品に共通する実に油断のならないキメラ的な小説世界が、より顕著にあらわれているところにも大きな特徴があった。これまでの作品世界を超えて繰り広げられる新シリーズも、まさに千里眼ならではの新展開と言っていいだろう。
さて、興味津々の新シリーズだが、従来の千里眼シリーズとの違いについては、作者自身のあとがきに詳しいし、旧来からのファンにはそもそもそこが本作の最大の読みどころであるところから、拙稿では詳しくは触れない。しかし、刊行出版社も替わり、本作で初めてこのシリーズを手にする読者もいるに違いないので、作者とシリーズについて、軽くおさらいをしておくとしよう。
作者の松岡圭祐は、一九九七年に書き下ろしの長篇小説『催眠』(小学館刊)で作家デビューを果たした。デビューを作家と断わったのは、本人がそれ以前からテレビというメディアを通じて、タレントとして世間には知られた存在だったからだが、現在はその活躍の分野を完全に作家業へとシフトさせている。
そのデビュー作『催眠』は、作者の心理療法士というキャリアを活かした意欲的な長篇小説で、催眠療法(ヒプノセラピー)のエキスパート嵯峨敏也を主人公に、精神医学の分野に広がる迷宮へと読者を誘い、大ヒットとなった。稲垣吾郎が主人公の嵯峨役を演じる映画化(99年・東宝、落合正幸監督)やテレビドラマ化(二〇〇〇年・TBS、西谷弘演出)は、原作のベストセラーに拍車をかけるかたちになったが、異常心理を扱ったサイコロジカル・スリラーとしての新機軸も読書界でも高い評価を受けた。
デビュー作の大きな成功を受け、作者は『水の通う回路』(現在は『バリア・セグメント』と改題、加筆)、『煙』(『伏魔殿』と改題、加筆)と、次々に野心的な作品を世に問うていく。一方、『催眠』をシリーズ化していったように、作者はひとつの問題提起をさらに深めていくという小説の形式にも意欲的で、天才少女マジシャンと警視庁の古株刑事がコンビを組む「マジシャン」シリーズとともに、力を注いだのがこの「千里眼」のシリーズだった。
主人公の岬美由紀は、二十八歳の臨床心理士である。シリーズは、ヒロインは歳をとらないというルールにのっとっており、新シリーズでもそれは踏襲されている。ゆえあって、航空自衛隊を除隊した過去があるが、本作の冒頭でもそのエピソードが語られる。母校である防衛大の教官たちが語る彼女は、類稀なる記憶力と運動神経の持ち主で、頭脳明晰。ほっそりとした抜群のプロポーションを誇り、大きな瞳に鼻すじは通り、薄い唇とあるから、これは文句なしに美貌の持ち主といっていいだろう。
先に挙げた映画では、水野美紀がその岬美由紀役を颯爽と演じたが、シリーズの第十二作目にあたる『千里眼 背徳のシンデレラ』の表紙カバーには釈由美子が岬役として登場し、話題を呼んだ。これは、インターネットの作者サイトで、「岬美由紀にもっとも近いイメージを持つ女優は誰か?」というアンケートを行い、その際人気を集めた釈由美子をイメージ・キャラクターとして起用した企画で、「ゴジラ×メカゴジラ」「修羅雪姫」の寡黙なアクション・ヒロイン像で人気を博した釈と岬のイメージをダブらせ、ぴったりだと得心した読者は多かったに違いない。
このように、この千里眼シリーズの人気の秘密は、岬美由紀というヒロイン像にあるといっても過言ではない。しかし、こうして広く読者の支持を集めた岬美由紀だが、わが国では長らくスーパー・ヒロイン不在の時代が続いていた。
スーパー・ヒロインものの系譜としては、古くはバイオニック・パワーで超人として甦った主人公をリンゼイ・ワグナーが演じた「地上最強の美女!バイオニック・ジェミー」や格闘技と美貌を武器に探偵社の調査員として大活躍する美女三人組(初代は、ケイト・ジャクソン、ジャクリン・スミス、ファラ・フォーセット・メジャーズ)の活躍を描く「地上最強の美女たち!チャーリーズ・エンジェル」など、七〇年代後半にアメリカで製作され、日本でも放映された人気テレビドラマが、大衆性という点からは嚆矢といえるだろう。
さらに映画の方面には、ヘレン・スレイターが女性版スーパーマンを演じた「スーパーガール」や、「バットマン リターンズ」でミシェル・ファイファーが演じ、のちにスピンオフで単独作品が製作された「キャットウーマン」(ハル・ベリーが主演)、さらには先の「チャーリーズ・エンジェル」の映画版(三人組を演じたのは、キャメロン・ディアス、ドリュー・バリモア、ルーシー・リュー)などがあった。
わが日本でも、原作がコミックであった「スケバン刑事」や「美少女戦士セーラームーン」といった例はあったが、大人のファンをも共感させるヒロインは、この岬美由紀の登場を待つしかなかった、といっても過言ではない。すでにシリーズは一ダースを超える長きにわたっているが、こうしてさらなる新シリーズがスタートするなど、その人気は一向に衰える気配がない。
さて、その岬美由紀がどういう人生を歩んできたかについては、新シリーズの開幕編である本作の中でも詳細が紹介されている。スーパー・ウーマンとしての能力は、防衛大に在学中に学んだ語学、格闘技、情報処理や電子工学などに負うところが大きい。しかし、彼女の誇る最大の武器はといえば、いうまでもなく千里眼の能力である。
本作によれば、主人公は臨床心理学を学ぶうちに、常人離れした動体視力も手伝い、この特殊なスキルを自分のものとしていくわけだが、人の表情の微妙な変化からすべてのことを読み取ってしまう技術は、一種の超能力といってもいいだろう。彼女のこの特殊な力については、友人たちが警戒し、やがて離れていくエピソードが本作中にもあるように、自らを滅ぼす可能性もある両刃の剣なのである。
そんな超能力者の悲劇を扱った作品としては、スティーヴン・キングの『デッド・ゾーン』や宮部みゆきの『龍は眠る』などがあるが、本作がそれらの作品とはまた違った魅力を放つ理由は、主人公岬美由紀のアイデンティティにあるのではないか。すなわち、そういう逆境を抱えながらも、それをポジティブな方向に転化させてしまうような陽性のエネルギーを彼女は備えている。本作『千里眼 The Start』を読み終えたあとに残る、心地よさというか、希望のようなものを孕んだ独特の読後感は、まさにそんな陽性のエネルギーの余韻とでもいうべきか。
さて、かくして新シリーズは開幕した。しかし、すでに早くも新シリーズの続編、しかも二冊の新作が、本書と同時に書店にならんでいる筈だ。すなわち、謎の街へと連れ去られた岬美由紀、そして本作にもちらりと顔を出す消えるマント≠フ開発をめぐる『千里眼 ファントム・クォーター』、さらには旧日本軍が開発した生物化学兵器が猛威をふるい、岬美由紀がそのワクチンを手に入れるためにファントムの操縦桿を握る『千里眼の水晶体』の二作である。本作で巻を措く能わずの面白さを体験された読者は、どうかこの二作へと駒を進めていただきたい。
新シリーズの展開に拍車をかけるこれらの作品をはじめとして、岬美由紀の千里眼ワールドは、これからもさらなる進化を遂げていくに違いない。
(文庫巻末解説より)
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