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| 千里眼ファントム・クォーター<解説> |
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■解説:三浦天紗子(ライター・ブックカウンセラー)

進化するヒロインは、ミステリファンの好物である。
コーンウェルの「検屍官シリーズ」スカーペッタ、パレツキーの「V・I・ウォーショースキーシリーズ」私立探偵ヴィク、オコンネルの「マロリーシリーズ」NY市警巡査部長キャシー、P・D・ジェイムズの女探偵「コーデリア・グレイシリーズ」、ラヴェットの「精神分析医シルヴィアシリーズ」。日本に目を移せば、桐野夏生の「探偵村野ミロシリーズ」、雨宮早希の「EM(エンバーミング)シリーズ」村上美弥子、乃南アサの女刑事「音道貴子シリーズ」……等々。
進化にはふたつの意味がある。
ひとつは、ヒロインの社会的ポジションアップ。ヒロインたちはみな難事件を解決することによって、出世したり、頼りになる存在という評価を勝ち得ていく。信念のためならば体制や権威に楯突くことも辞さない彼女たち。女というハンディをものともせず、最後には水戸黄門の印籠のごとく一発逆転の力を見せつける。それは、現実社会におけるトップダウンの窮屈さやジェンダーギャップの理不尽さにうんざりしている読者にとって、閉塞感への痛快な一撃になっている。
もうひとつは、内面の成熟という人間的魅力の進化。ヒロインたちは最初、美人で知的なスーパーウーマンとして颯爽と登場してくる。しかし、徐々に明かされていく過去や私生活。読者は、むしろ彼女たちの完璧さではなく、巻を重ねるごとに見えてくる素の可愛らしさやもろさ、孤独感が愛おしくなってくる。
進化し続けるヒロインは、女性にとっては憧れを抱きつつ共感できる大切な心の友。男性にとっては毅然とした風情に惚れながら守ってあげたいと感じさせるマドンナなのだ。
そんな愛すべきヒロインの系譜に名を連ねるのが、松岡圭祐の「千里眼シリーズ」岬美由紀だ。卓越した臨床心理能力で数々の危機を乗り越えてきた美由紀は、「千里眼」の異名を取るスーパーヒロイン。英語やフランス語、ロシア語など数カ国語を話し、少林寺拳法やムエタイなど数種の武術を操る。戦闘機や船舶、戦車だって運転できるのだ。
さて、本書『ファントム・クォーター』は、「千里眼シリーズ」の通算十四作目、新シリーズ二作目に当たる。
自衛隊を除隊し、現在臨床心理士として働く美由紀。ある日、ロシアの政府関係者だというふたり組から、チェチェン難民の子どもたちのメンタルケアをしてほしいというボランティアを依頼される。自分の千里眼的能力に過剰な執着を見せるふたりに腑に落ちないものを感じたが、子どものこととなるとすぐ熱くなってしまうキャラ。誘われるままに、ロシアへ行くことを決意する。空自時代の元上司から要請されていた国防危機対策チームへの参加を蹴ってまでも。ところが、空港へ向かう運転中に美由紀は意識を失う。目覚めてみると、そこは閑散とした奇妙な街角だった──。
ファントム・クォーターと呼ばれるその場所で、主催者の本当の意図もわからないまま謎めいたゲームに参加させられる美由紀。一方、世界情勢はちらちらと不穏な動きを見せ始める。暗躍するロシアン・マフィア。解せない日本の株価の大暴落。防衛庁が入手した危険な極秘情報。美由紀が連れ去られた真の目的とは何か。幻惑のゲームから逃れる術はあるのか。戦慄の攻撃シナリオを書いているのは誰か。何層にも入れ子になったマトリョーシカのごときミステリー。それを読者は、ただ夢中で開けていくことになる。
本作のひとつのキモは、ある特殊なトマホークミサイルが日本を狙っているという設定だ。そのミサイルには、最新のステルス技術(戦闘機、ミサイルなどに電波吸収材などを表面加工し、レーダー探知しにくくする)を使ったミサイルカバーがかぶせてある。レーダー探知が不可能で、肉眼で見ることもできないために迎撃できない。そんなステルスカバーが現実にあるかどうか、真偽のほどはわからない。しかし、もともと、さまざまな分野のリアルな最新情報を、大掛かりなストーリーテリングに溶け込ませて書く著者である。メフィスト・コンサルティングと関わりのある新たな敵も登場して、今後への布石も十分、壮大なスケールで生み出される絶体絶命の事件は、ますますアイデアに満ちてきた。
さて、新シリーズになっていちばん変わったのは、事件解決のために美由紀が用いる臨床心理のアプローチである。本作では、カウンセラーの美由紀が自分を慕う女性PTSD患者を快復させるというサイドストーリーが用意されている。最新の精神医学的知識に基づいたプロセスは、読んでいるこちらまでが、美由紀に直接カウンセリングしてもらっているかのようで得した気分。
著者自身が新シリーズ一作目『千里眼The Start』のあとがきで書いていた通り、現在、メンタルの問題の解決にはより科学的な視座が求められるようになってきている。そうした実践的な研究成果や情報を物語にうまくブレンドさせたことで、いっそうのリアリティーが増した。新シリーズは、心理学ビギナーから上級者までをうならせる作品群として楽しめるはずだ。
ちなみに、本作で女性クライアントが美由紀に打ち明けるのは、父親との問題である。美由紀もまた、両親とケンカしたまま死に別れた過去を持つ。美由紀が彼女に並外れた優しさで手を差しのべてしまうのはそのためだ。女性クライアントが父親との確執を拭い、幸せになること。それは美由紀の生き直しでもある。
これまで打ち明けることのなかった真情を吐露し、本作でまた一皮むけた岬美由紀。等身大の弱さを認めることもひとつの進化なのだから。その前進に立ちあえた読者は幸運だ。ラストのページを読むとき、きっとこの本を抱きしめたくなることだろう。
(文庫巻末解説より)
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